昭和天皇の戦争責任発言をどう思う

昭和天皇が崩御して約30年、その晩年の昭和天皇の発言の一部が当時の最も近い侍従のメモとして残されていた。そのメモの内容の一部が公開された。この侍従は26年間を天皇の傍にいて2月として記録していたという。公表された日記の一部には戦争責任についての昭和天皇の思いが書かれている。

85歳位の時の発言で生涯の回顧のような側面もあるのだが、全く弱弱しい感じがしたが、その中で矢張り二つのことが気になった。

公表された日記の一部が下の写真だ。

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朝日新聞デジタルンら転載  クリックで拡大します


この中の一部を抜粋すると
「仕事を楽にして細く長く生きていても仕方がない。辛い事を見たり聞いたりすることが多くなるばかり。兄弟などの近親者の不幸あい、戦争責任のことを言われる」としている。

これが本当の事であれば、二つのことでとんでもない発言だと思う。

一つは「細く長く生きていても仕方がない」と言うくだりだ。もう一つは「戦争責任のことを言われる」という物だ。

太平洋戦争での日本の最高責任者である昭和天皇がこの程度の認識しか持っていなかったと言う事に驚きもしたし、戦争責任について本当に自分のものとしていたら、堂々と「戦争責任は私にある」と言う信念で生きてほしかったし、戦争責任のことを言われてもそのように答えていれば良かったと思う。

GHQの特別な政治判断で戦犯指定から外れ生き永らえてきたことを踏まえれば、たとえ天皇と言えども不適切な発言だと思うし、先の戦争で亡くなった戦死者など310万人の戦没者に対して彼らの死に責任を感じていない様にしか思えない。

天皇の戦争責任について、あれこれ言うのはタブー視されている。今までも何度となく戦争責任について暴露記事が発表されているが、いずれも天皇の発言ではないと否定されてしまった。

恐らく終戦直後は天皇自身も戦争責任は自分にもあると感じていたと思うが、周囲がそのようなことは無いと再び神聖化してしまったために、天皇自身の戦争責任感が薄れてきたのだろう。

しかし、太平洋戦争では神として崇められて、多くの人達が天皇の為として死んでいった。いくら軍部の暴走だとは言え、これを天皇自らの命を掛けて止められなかった昭和天皇には戦争を進めたという責任と、この戦争で天皇を神格化して崇める様にしていた軍部を止められなかったという国民に対する責任は存在すると思う。

最晩年と言えども「戦争責任のことを言われる」など無責任ともとれる発言をしたことは自分に戦争責任は無かったという認識にしか思えない。

現天皇の終戦の日のお言葉の中で「責任」と言う事を述べられたのもわずか三年前の事だ。天皇家としても「戦争責任」と言う文言はタブー視されているのではないのだろうか!! 

このメモの報道も直ぐに記憶から消されてしまうのであろうが、少なくとも天皇家の「戦争責任」は永久に記憶にとどめなければならないと思う。

更に「細く長く生きていても仕方がない」と言う事について朝日新聞の夕刊のコラム素粒子にはこう書かれている。
「細く長く生きていても仕方がない」。昭和天皇の悲痛な思いがひしひしと伝わる。同時に考える。若くして戦火に倒れた人々は、この言葉をどんな思いで聞くのだろう。

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