夏の高校野球でいつも感じる残酷なこと

今年で100回目となる夏の高校野球が甲子園で始まった。100回と言う記念のために出場校も過去最多となった。各地域の闘いを制した甲子園児たちが溌溂としたプレーを見せてくれるので楽しく見ているのだが、唯一、「残酷だな~」と感じる事が有る。

これは、今年の夏に始まったことではないし、テレビで観戦している人達は慣れっこになっていて何も感じないかも知れない。しかし私にはとても残酷な行為だとしか思えない事が有る。

それは、試合が終わり、勝利したチームをたたえる場面だ。場内アナウンスでは「勝った○○高校の栄誉を祝し校旗を掲揚し校歌を斉唱します」と流れる。この時使用利したチームの選手たちはホームベースの所に整列して並び校歌を歌いながら校旗が上がるのを見ているが、その一方で負けたチームの選手たちは自分のベンチ前で整列して、この光景を見ている。

勝ったチームの選手の栄誉を称えるのは良い事だと思うが、負けたチームの選手たちはどのような思いでこの光景を見ているのだろう。選手の中には「来年は!!」と言う奮起の気持ちが有るのかもしれないが、私には単に残酷な儀式にしか思えない。

この様な方法はいつから始まったのだろう?

恐らく、この儀式の始まりを知る人は少ないのではないかと思う。戦中を生き抜いた過去の人が発案し行われたのではないかと思う。私には戦時中の軍隊の儀式のように思えるからだ。

この行事が伝統としてやり続けるのか、今様の何か新しい方法を模索して新しい伝統を作り上げるかを考える時期に来ているのではないだろうか?

開会式しかり、閉会式しかりだ。毎回同じような事を平々と行っていて選手たちにとっては苦痛ではないのだろうか? 一生の思い出として苦もないのだろうか?

特に閉会式は延々と来賓や主催者の挨拶が続いている。しかも毎年同じような内容の事ばかりの言葉だ。
まさに、日本独特の式典なのだろうが、全く硬直化した式典だ。何とか簡素化する方法は無いのだろうか? この様な事が続いているからスポーツ団体が硬直し、色々な問題に発展していくのでは無いだろうか。

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