またもフロントにお願いして価格の再確認

朝8時にタクシーが迎えに来た。ガイドの女性は同じだったがドライバーと車は違っていた。
今日は遠出をするという。「どこだ?」と聞くと「ケーブ(洞窟)」という返事が返ってきた。つまり鍾乳洞だ。戦跡とは違っていたが行ってみたいところには入れておいた。片道1時間半の行程だ。
一日の費用の中に入っていねのであれば文句もないから素直に従った。

ガイドの女性はものすごく信心深い人だ。途中のお寺によりそこでお参りをした。私にもついて来いというので一緒にお参りをしたが、このお寺にはディエンビエン郡を外来の敵から守るために闘った1700年代の人が4名祭られているのだという。私にしは直接関係ない話だが彼女のやるしぐさをまねながらお参りを済ませた。
市街地を抜け田舎へ田舎へとは走った。

昨日のボーグェンザップの司令部に行った時よりも酷い道だ。ここでも道を色々な家畜が占領していたし、一車線の細い山道を警笛を鳴らしながら進んでいった。車幅いっぱいに草が多さていて先が見えないどころかか、がけ崩れで土砂が道路いっぱいに広がっている所や、大きな岩が転がっているところ、倒木が車一台と折れるぐらいに枝を払われて居る所などを通って行った。果たしてこんなところに観光地としての鍾乳洞があるのだろうかと思い訪ねてみた。

今は雨期の終わりで気候が悪いので人はいないが乾季のシーズンにはたくさんの人が集まるという事だった。しかし、この細い道をどうしてそんなに多くの人がたくさん通れるのだろうかという疑問が沸いたが!!

そうこうしている時に茶褐色の急流に掛かるオンボロのつり橋があり、何とそこを車ごと渡っていった。下が、板なので凄い音がして怖くなった。ガイドの女性もあまり来たことがないのか、記念にと写真を撮りまくっていた。

そこから更にもっと険しい道を進むこと約10分で道が行き止まりになって車が止められるスペースに着いた。
何とそこから更に急な斜面を1キロ位歩くのだという。階段が見えたので、まぁ~、何とかなるかと足を踏み入れたが、階段は本当に見うるところだけで、あとはガレ場のような岩の塊が連なっている急な上下だった。

兎に角、滑って危ない。早くは進めない。周りの木につかまり岩につかまりして何とか鍾乳洞の入り口までついた。
女性ガイドもドライバーも必死についてきた。ガイドは男性で若かったが、女性は30代の人だ。私のためにと必死についてきてくれたのだろう。

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観光スポットというよりは若者がキャンプなどをするために来るところらしく、たくさんの焚火の跡があった。しかし、照明や鎖、ロープのような見学者をサポートするための設備がまったくなく、案内も書いていなかったので鍾乳洞の中に入るのはあまりにも危険な感じがした。一応ここまでたどり着いてという記念に写真を撮影してすぐに引き上げてきた。

帰りも同じぐらい時間がかかったので、ガイドが疲れたらしく「あなたも疲れたでしょうからホテルで休みなさい」と言ってきた。
了解して1時ごろに今日のドライブを終えて、休んでいたが、「待てよ、これもお金を払わせるための作戦ではないか」と思い始め、フロント嬢を通して「明日のガイド料は払わないがいいか!!」と確認してもらった。

色々と話をして、最終的に私とガイドの話試合で、次の日半日分は、最初に契約した額でいいという結果になった。

まだ、ディエンビエンフーで尋ねたい所、一つはA1の丘、もう一つはベトナム軍の戦死者の墓、フランス軍の戦死者の墓があり、それを除いては今回の旅行の目的が果たせないからだ。

もう一つのブログはここから入れます。

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