ダイヤモンド・プリンセス

今、横浜の大黒ふ頭沖に沖泊まりしている大型のクルーズ船だ。接岸できないのは新型肺炎のウィルスに感染している乗客がいる可能性が有るためだ。

この船はプリンセスクルーズと言う会社が運航していて三菱重工長崎造船所が建造したものだ。
長崎造船所では二隻同時に建造していた時に一隻が2度に渡り火災になり、放火が疑われる事件が起きているので記憶にある方もいるかもしれない。

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大黒ふ頭沖に停泊中のダイヤモンド・プリンセス  時事通信のニュースから転載


この船が竣工したのは2004年だ。
丁度この頃、私もこの船と同じような大型のクルーズ船の仕事をイタリアのモンファルコーネで担当していたことが有る。2004年はアテネのオリンピックの年でギリシャとイタリアを行ったり来たりしていた。

私がほんの一部を担当した船の名前はカリビアン・プリンセスだ。ダイアモンド・プリンスとほぼ同じ仕様で大きな船だ。建造中と言う事もあり船の中の階段は使えず(中のエレベーターも使えない)、船の舷側に工事用に架設された大きなエレベーターを使って岸壁から上甲板にアクセスしていた。

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モンファルコーネの岸壁で艤装中のカリビアン・プリンセス  私の撮影



モンファルコーネはイタリアの北東部に位置していて最寄りの空港はトリエステだ。飛行機でミラノ経由を経由してトリエステに行きそこから車で移動すると言う辺鄙な街だった。しかし、この街にはフィンカンティエリと言う大きな造船所が有り、造船できかなり有名な街だ。

私がこの船の仕事をしたのは既に岸壁に移動されて艤装工事をしている最中だった。真冬で物凄く寒く、雪がぱらついている時もあった。

ここでの生活をhttp://momotaro4.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/in-0c40.html とこの前後3篇ぐらいに綴っている。 

ここの仕事は4月に終わり、今度は掛け持ちではなくアテネオリンピックの仕事に集中することが出来た。

アテネオリンピックが終わり、次の仕事もまた、プリンセスクルーズの仕事だった。
今度はアメリカ西海岸で運行中のグランド・プリンセスと言う船に乗りながらの仕事だった。ニューヨークのマンハッタンを起点にしてカナダのファリファックスの往復のツアーに同行しての仕事だ。

仕事とはいえ、豪華な客船で1週間普通の乗客と同じような船旅が出来たことは良い思い出だ。当然仕事だからそちらを最優先していたが、船内のレストランやスパ、劇場などは乗客と同じように使うことが出来た。


クルーズ船は夜中に走り朝方、目的の港に接岸し、乗客を降ろして観光させると言うのが一般的な事なので、日中仕事をしている私たちには観光を自由にすると言うチャンスはないのだが、仕事が順調で、一度だけセントジョンと言う小さな町に上陸することが出来た。アメリカ人の相棒と地元の新鮮な海産物を食べることが出来たのは良い思い出だ。

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セントジョンの沖に停泊中のグランド・プリンセス  私の撮影


1週間の公開を終えてニューヨークに帰港した時に他の技術者と交代して帰国した。この仕事が私の会社生活で最後の仕事だったので、退職祝いのいい仕事だったと思う。
この時も事もブログhttp://momotaro4.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-ae34.html の前後4編ぐらいに書いている。

今回のダイヤモンド・プリンセスの名前を聞いて17年前の事を思い出した。